ホーム > 関連施設?センター > 研究力向上支援センター > 若きトップサイエンティストの挑戦 > vol6 中川仁先生(循環器内科学 助教)
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本年6月に、中川先生の論文「Local Action of
Neprilysin Exacerbates Pressure Overload Induced Cardiac Remodeling」が【Hypertension】(Impact Factor : 10.190)に掲載されました。論文の概要や、本研究を進めてこられた動機、プロセスをお伺いするとともに、今後の抱負などについてインタビューさせて頂きました。
?今回の論文の骨子について専門領域外の方でも理解できるようにご紹介いただけますか。
→心臓は筋肉の塊ですが、臓器としてホルモンを分泌することを30年ほど前に日本の研究者が見出しました。ナトリウム利尿ペプチド(ANP、BNP)と言うホルモンで、ANPやBNPは心不全のバイオマーカーとして用いられるようになりました。またこれらは、心保護作用を持ち心不全治療薬として点滴により使用されています。一方、酵素のネプリライシン(NEP)はこのANPやBNPを分解するため、NEPの作用を抑制するNEP阻害剤が日本では昨年治療薬として承認され、高い治療効果を上げています。しかし非常に治療効果が高い一方、NEPの基礎医学的研究についてはあまり進んでいません。本論文では、心筋特異的ネプリライシン過剰発現マウスを用いて、血中より100-1000倍濃いとされる心臓組織のANP?BNPに対して、NEPが及ぼす作用を確かめました。その結果、心筋においてNEPが直接ANP、BNPを分解する事が心不全を悪化させる要因になっており、心臓組織に存在するNEPを抑制することが治療効果に寄与することを明らかにすることができました。
(中川先生)
②【Hypertension】に論文が掲載されることになった評価ポイントについて、ご自身はどのような分析をしておられるでしょうか。
→NEP阻害薬が心不全治療薬として承認され、大きな治療効果が認められている一方で、どのようにしてその効果が得られているかについては明らかになっていませんでした。数倍に増加したANP?BNPが血管拡張や利尿などに作用していると推測されていたと思います。もちろんその効果が表れていると言えますが、これまでの自分の研究でANP?BNPが直接的に心臓に作用して心臓リモデリングを改善することを知っていましたので、NEP阻害薬のターゲット臓器の1つは心臓ではないかと考え始めました。そこで基礎医学の立場から循環器分野では初めて遺伝子改変マウスを用いたアプローチを行い、その結果心臓組織にあるNEPが直接的な効果として心臓リモデリングなどの心不全症状の悪化に対して大きく作用していることを見出しました。NEP阻害薬が直接心臓組織に作用し、治療効果をもたらすことを示唆することが出来ましたが、これによって心不全治療法のより深い理解が進み、今後の治療法の発展へとつなげていける可能性を示すことが出来たと思います。
③先生が循環器内科学を専攻されたのは、何か具体的なきっかけがあったのでしょうか。また、医学の道を志されたことについてもご紹介ください。
→奈良県立医科大学の学生として学んでいた4年生の時、循環器内科の斎藤能彦教授の授業を受けた際にナトリウム利尿ペプチドの発見から臨床応用に至る迫力のある講義に感銘し、斎藤先生のところで学びたいとその時決断をしました。先生はANP研究に早くから携わられ、バイオマーカーとしてのBNPを確立されるなど、この分野で数々の成果を残しておられます。先生の下で学ぶことができる事をとても有難く思います。ドイツのヴュルツブルク大学に留学中、なかなか成果が出ず悩んでいた時も、学会で斎藤先生がドイツに来られた際に寄って下さり、研究方針のサジェスチョンをして頂きました。その結果、研究が進展することになり、現在の成果へとも繋がっています。
医師を目指したのは、幼い時にあまり丈夫ではない母の姿を見ていて、何か自分に出来ることがないか考えたことがきっかけでした。実家には、あまり戻れていないのですが(笑)、医師となった姿を母は喜んでいると思います。
④日々の研究活動の中で、問題意識を持っておられることがあればご紹介ください。
→Physician-Scientistと呼ばれる臨床医でありかつ基礎医学の研究者であるという人が減ってきているように感じます。基礎研究が深耕化していくことで、より基礎研究の部分に特化した研究が必要になってきた結果と言えますが、一方で臨床の医学への応用が最終目的となるべきことを考えれば、基礎医学と臨床医学が密接に関わることが重要です。私は臨床医学に携わりながら、患者さんとの向き合いから得られるクリニカルクエスチョンを大事にし、それに答えられる様に基礎研究を進め、臨床医学の進展へとつなげることでより良い治療法を目指していきたいと思っています。
奈良医大は病院での臨床医学への関りが特に大きいという特徴が他学に比べてあると思います。その良いところを十分に生かして、実際の患者さんから得られる情報をしっかりとくみ取り、研究活動を行っていきたいと思います。
⑤今後の先生の目標についてお伺いします。研究内容等については差支えのない範囲でお話しいただければと思います。
→NEPが分解するペプチドなどの基質はANP、BNPも含めて50種類ほどあり、NEP阻害薬によるこれらの身体の中での変化を含め、明らかにしていくべきことがまだまだ多いのが現状です。循環器系に影響を及ぼすペプチドだけではなく他の器官に影響を及ぼしている基質も、NEP阻害薬による治療に関わっていると言えます。これらの作用機序について、良い作用悪い作用も含めて今後明らかにしていく事で、より深い理解が得られ、例えば併用すべき新規拮抗薬など、新たな創薬につなげていく事ができればと考えています。心臓病の方は、高齢者の増加と相俟って増加する傾向にある状況ですが、この一年でNEP阻害薬も含めて3種類ほど新しい薬が出てきており、明るい話題と言えます。また、糖尿病の新薬のSGLT2阻害薬も心不全に効くことが偶然にわかり、これも心不全の治療薬として承認されました。この作用機序がどうなっているかも今後解明していきたい対象と言えます。
(インタビューの様子)
⑥最後に、本研究を進めるにあたって多くの方々のご協力があったかと思いますが、特に感謝をお伝えしたい方があればお聞かせください。
→学生の時からご指導をいただいています斎藤能彦教授を始め、循環器内科教室の先生方、研究助手の方々、熊本でお世話になりました皆様、そしていつも支えてくれる家族に、この場をお借りして深く感謝します。
以上
(インタビュー後記)
謝辞をお伝えしたい方はとの質問に、次々と個人名が出てきます。研究助手の方を始め、いろんな方々の支援なくして研究は進みませんでしたと語られます。留学先のドイツの厳格な教授をも味方につけられたお人柄が偲ばれます。臨床の現場から得るクリニカルクエスチョンを大切にし、基礎医学の立場からしっかりと答えを出していく、それが臨床現場の近くにいる奈良医大の強みでもあると思いますと決意を語られます。Physician-Scientistとして、今後更なるご活躍を期待したいと思います。
インタビュアー : 研究力向上支援センター 特命教授?URA 木村千恵子
URA 垣脇成光
【Hypertension】:高血圧に関する研究を紹介するAHAの学会誌。血圧の調整,病態生理学,臨床での治療,高血圧の予防など広範囲にわたる質の高い調査報告を掲載する,本分野のトップジャーナルである。(外部サイトへリンク)
【中川先生の論文】:【Hypertension】2021 Jun;77(6) 1931-1939(外部サイトへリンク)
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